古文書 判読・解読

実際の古文書の判読・解読の例です。
※Internet Explorer で表示すると、翻刻が「縦書き」になります。

次の古文書に対して、判読・解読をしてみます。


<判読(翻刻)>
・まず分かる文字から書き出して、わからない文字を「□」としてみます。
 何文字あるかわからない場合「[ ]」で記載します。
 おそらく最初は以下ぐらいかと思います。勘の良い方はもう少しアタリをつけられたでしょうか。
□□□□□□
帷子□□□□
□□食□□
松平和泉□□
[ ]□

□月二日 (黒印)

   南□遠□[ ]

・よくある崩し(くずし)字は以下の通りです。
−崩し字を勉強するとまず覚えることになるのは、「候」です。
 3行目4番目の文字は「候」のよくある崩しのパターンの一つです。
−「申」もよく出てきます。「中」の左が無いアルファベットの「P」のような5行目1番目の文字がよくあるパターンです。
−「可」も、カタカナの「マ」のような4行目6番目の文字がよくあるパターンです。
−「也」も、ひらがなの「や」のような5行目3番目(2番目にも字があるのです)の文字がよくあるパターンです。
−「之」も、カタカナの「ミ」の下2つの点がつながったような1行目4番目の文字がよくあるパターンの1つです。
・その他に、上の物より少し頻度は落ちますが、よく出てくるものとして次の物があります。
−「江」は、かなの「へ」として、小さく書かれて出てくることが多いです  (例 コレの3行目2番目)。
 7行目4番目の「口(くち)」の左上が出ていて、下が閉まって無いような字です。
−「守」は、4行目5番目と7行目5番目のように官職(受領名)の「国名+守」としてよく出てきます。
 ひらがなの「る」のように下部が丸まっている字です。
−「五」は、6行目1番目です。数字ですのでよく出てきますが、このパターンが多いです。
これらは都度「くずし字字典」等を調べるよりも覚えた方が良いぐらいよく出てくるものです。
これらをあてはめると次の通りです。まだまだ空白があります。
□□□之□□
帷子□□□□
□□食候□
松平和泉守可
申[ ]也

五月二日 (黒印)

   南□遠江守[ ]

・ここからは手間がかかりますが、「くずし字字典」等で確認することになります。
 その際、だいたい目星がついた字はそのまま画数や部首で調べて確認することになります。
 例えば1行目2番目の「端」、1行目5番目の「祝」、3行目2番目の「思」、7行目2番目の「部」などは
 そのような調べ方もできるかもしれません。
・この際、便利なツールがあります。MS-Windowsの「IMEパッド」です。
 これは読みの分からない漢字を出すことにも使えますが、筆の動きをまねて書くと、
 類似の漢字一覧を出すことができ、出てきた漢字を「くずし字字典」で調べることで
 正解を導くことができたりします。
 また異体字も出すことができます。出てきた一覧の右側に「拡大表示」「詳細表示」の
 切り替えボタンがあります。これを押して、IMEパッド自体のウィンドウサイズを左右に
 長くすると、異体字がでるのです。

・もう一つ楽な方法があります。類似の文書を探して比較するのです。
 書籍、古書店目録、博物館等もありますが、WWWもその一つです。
 特に検索が楽というメリットもあります。
 例えば本事例ですと、「帷子」「松平和泉守」で検索するだけで、同様の御内書が見つかり、
 不明だった字に対する判読もできると思います。

・すべての判読が終われば、翻刻は以下の通りです。
為端午之祝儀
帷子単物到来
歓思食候猶
松平和泉守可
申候也

五月二日 (黒印)

   南部遠江守とのへ


<解読>
・まず現代語にすることから行ってみましょう。
−「為」は返読文字であり、ここでは「として」と読みます。「ため」でも文意はとれます。
−「端午」は今でもある5月5日の祝いです。
−「帷子(かたびら)」は単物のうち夏用の麻の着物で、
 「単物(ひとえもの)」は裏をつけない着物です。
−「可」も返読文字で、「べし」と読み、「きっと○○するだろう」の推量です。
−「思食」は「思し召す」で、「思う」の尊敬語「おぼす」にさらに「めす」をつけて敬意を強めてます。
−「猶」は今でも使われる、ほかのことを言い足すときに使う接続詞「なお」です。
以上をつなげると、
  端午の祝儀として、帷子単物が届いたことを、
  お歓びお思いになられるところです。
  なお、松平和泉守がきっと申すでしょう。
  五月二日 家定
  南部遠江守殿へ
となります。

・これだけでは完全には分かったと言えません。背景情報が少ないからです。
−「端午」を含めて、江戸幕府では色々な儀礼を行っていました。
 年始、八朔(はっさく、8月1日、徳川家康江戸入城の日)、歳暮以外に
 五節句として人日(じんじつ1月7日)、上巳(じょうし3月3日)、端午(たんご5月5日)、七夕(しちせき7月7日)、
 重陽(ちょうちょう9月9日)などです。
 そのうち、端午には帷子、重陽・歳暮には小袖(綿入)を、諸大名が将軍に
 献上し、その礼状として将軍から御内書が発給されました。
−その御内書は(書面の日付の1〜2ヶ月後に)老中が大名(の家臣)に渡すことに
 なっていました。その老中の名前が文書に記載されているのです。
−御内書ですので、将軍からの文書であり、宛所に対しての敬意は低いので
 宛所が日付よりかなり下、さらには敬称が「とのへ」であり「様」「殿」に比べて
 下になっています。
これを踏まえると、
  端午の祝儀として、(南部からの)帷子単物が(将軍家定に)届いたことを、
  (将軍家定が)お歓びお思いになられるところだ。
  なお、(老中の)松平和泉守が(将軍の代わりにお礼の詳細を)きっと申すだろう。
  五月二日 家定
  南部遠江守殿へ
となります。

・続いて登場人物が誰で、いつの書状なのかを確認します。
−家定の印から、受け取りの将軍は第13代の徳川家定です。
−徳川家定の将軍在職期間は1853年10月23日〜1858年7月6日のため、5月は1854年〜1858年のみです。
−1854年〜1858年における南部遠江守という大名は、南部信順しかいません。
−1854年〜1858年における松平和泉守という老中は、松平乗全しかいません。
 松平乗全の老中在職期間は1848年10月18日〜1855年8月4日と1858年6月23日〜1860年4月28日のため、
 将軍が徳川家定の5月は1854年〜1855年のみです。
−1854年11月に嘉永から安政に改元のため、1854年の5月は嘉永です。
結果、嘉永7(1854)年5月か安政2(1855)年5月の、徳川家定から南部信順への松平乗全を
介しての御内書となります。


上の例以外の古文書に対しても解読する際の参考情報です。

<解読2>
・判読と解読の順番で記載しましたが、実際は並行作業もあると思います。
 例えば「○○守」の箇所があったならば「○○」は旧国名の選択肢から考えればよく、
 さらに上に苗字があればその苗字の大名家でとりえる受領名で限定できます。

・注意しなければならないのは、島津や伊達などは松平姓を名乗っている場合が多いため、
 官職名や諱で判断する必要があります。
 その際、「通字(つうじ)、系字」「偏諱(へんき)」が分かると確認が早くなります。
 通字(系字)はその家に代々使われる文字であり、島津の「久」や毛利の「元」や上杉の「憲」等々
 です。また「偏諱」は主君から臣下に与える文字であり、徳川家斉の斉を島津斉彬のように、
 上の字として使用されます。
 これらを踏まえると通字から家系を類推したり、偏諱を受けられる家は限られることや
 もとの将軍名から時代・人物を推測することができます。

・検索としてもウィキペディアは便利です。
 差出の場合、苗字+官職名+諱(実名)+花押が多いため、まずは苗字+諱で
 探してみると、まず大名については見つかります。
 ウィキペディアでは大名(藩主)の場合、同じ家系の一覧も下部にあるため、同姓の
 別人物の名前も確認できます。それらとくずし字を比較・確認することもできます。
 さらにウィキペディアでは、当該人物の官職名や役職についた時期や死亡時期も
 だいたい記載があるため、文書の時代推定も合わせてできます。
 将軍のページでは、偏諱を与えた人物一覧も確認できます。
 また、旧国名のページでは、江戸時代にその受領名を名乗った人物一覧があり、
 そこから確認もできます。

・苗字、官職名、諱のいずれも判読が難しい場合、Googleでわかっている部分から
 アタリをつけて検索して出てきた文字をくずし字字典で確かめるのも手です。
 大名の一覧はいくつか便利なページが公開されていますので、ブックマークしておき
 チェックすると良いでしょう。系統だけでなく官職や在職年もあったりします。
 さらに Google には画像検索機能もあるため、これを利用して花押の画像をみつけ、
 そこから推定することも可能です。

・古書店などで江戸時代の各時代ごとの「武鑑」を売っていたりします。
 武鑑もいろいろなタイプがありますが、苗字+官職名だけのものや、
 大名だけの物もありますが、諱や幕臣まで載っているものが便利です。
 これを用いると、ウィキペディアにも載っていないような幕臣のフルネームや
 役職を確認できたり、大名の家老を確認することもできたりします。
 「武鑑全集」には各武鑑の画像が公開されているとともに、
 AIくずし字OCRサービスもあります。

・江戸時代の大名書状では、将軍家の御機嫌伺いが文頭に入っていることが多いです。
 例えば「公方様・右大将様ますます御機嫌よく」などです。
 ここから時代推定できることもあります。将軍(公方)・内大臣(内府)しかいない時に
 公方様・大納言様とはならないからです。以下に一覧表にしましたので、参照ください。
 江戸幕府 将軍家

・宛行状及びその目録の領地で、判読が難しい地名についても、ウィキペディアで
 旧国名のところには旧の郡名や村一覧があり調べられることがあります。

・WWW上や書籍等で官職一覧、藩主一覧、老中一覧などもありますので、
 都度確認・購入・保存をしておくと便利です。

・くずし字は色々なパターンがあり、くずし字字典に掲載できるものばかりではありません。
 これも便利なものが公開されています。
 ひとつは、「くずし字データベース検索(ひらがな(変体仮名)・カタカナ・漢字)」です。
 ある一文字を入力すると様々なくずし字のパターンが表示されます。
 もうひとつは、東京大学史料編纂所データベースの右下、「電子くずし字字典データベース」です。
 こちらも、ある一文字を入力すると様々なくずし字のパターンが表示される上に、
 それから元の資料全体の画像も表示できます。
 さらにこのデータベースでは、「文字推定検索」として前後のわかっている部分(文字)から
 想定される文字一覧をくずし字パターンとともに表示されます。
 また、この右下の下に、1文字分の画像から文字推定できる「木簡・くずし字解読システム」もあります。

・大名の経歴等がまとまった「寛政重修諸家譜」というものがあります。
 1800年頃までですが、初目見得・元服・官位叙爵等々が記されています。
 国会図書館デジタルコレクションでも公開されていて、
 写そのものは こちら
 出版物は 第1集第2集第3集第4集第5集第6集第7集第8集、 です。


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